境涯 43




 首筋を唇でたどられて、掴んでいる手の力が抜けかけて、慌てて掴み直す。その動作は幸陵にも伝わったのだろう、く、と低い笑い声がして、
「ふ…あ…、」
腰から足まで後ろをたどって降りてきていた両手が、それぞれの膝裏に入り込んで予備動作なくそこを持ち上げた。
「ひ、ゃ…っ!」
ぐっと一か所に自重が集中する刺激に、掴んでいた手が緩む。ずるりと傾きかけた更古を支えてくれたのは、足を持ち上げていたはずの左手で、気がつくと更古の右足は幸陵の左腕のちょうど肘のあたりに膝を引っかけていて、そして逆の足は膝の裏を掴まれたままで、そのあまりと言えばあまりな態勢に目眩に似たものを更古は感じた。
「ほら、掴まってろよ。」
左の膝を掴んで緩く揺らされる。
――掴まって…
 ぞわぞわと這い上っていく快感はあまり知らぬ類の緩慢さで、けれど、深くて、緩んだ腕を絡め直して首に縋ろうとするけれど、足があることでさっきまでのように身体を幸陵の側に傾けきれない。
 反対側から回した手の手首を掴むのが精一杯で、両手で肘を掴んでいた時と比べて随分と心許ない。
「苦しくはねえな。」
甘い、けれど企むような目に覗きこまれて頷くと、掴まれていた左膝もずるんと幸陵の右肘に引っ掛けられる。都合更古は足ごと腰を抱えられるように捕まえられて、それで揺らされたらもうひとたまりもなかった。
「あ、ああ、なっ…にこ、…っ」
ひん、と喉の奥で啼いて不安定さに縋る様な眼を幸陵に向ける。
 さっきは耐えて逸らした快感は、さっきの強引に高められていく感じと違って、奥からしぶとく溢れてくる。
「んあ…っ…りょ、さ…、これ、あぅ…ん、」
「んん?」
息ができない。
「こ、れ、こ…っ、こわ…やっ!ああっ!」
ぐいと腰ごと足ごと引き寄せられて角度が変わって頭の先まで響いたような快感に、目を閉じて高い声が出る。
「や、こ、こわ、い…っりょさま、落ちちゃう…っ。」
「落とさねえよ。」
「ああっ、…で、でも…っふあ、ああ、あ、も、…!」
突き上げられるようで突き落とされる様で怖い、でも深くまで触れられているところが気持ちがいいと思ってしまっているのも分かる。
 抉られて、落とすように擦る様に中だけを触れられて、震える体を抑えつけたいのに支えになってくれるところがどこにもなくて、でも大丈夫だとあやされて、屈んだ幸陵の舌に目の端を吸われて、どうしていいのか分からなくて、首を振ってもどうにもならない。
「ぅ、ああっも、ま、まってま、っ、おく、が、っ…」
「……奥が。」
悪辣な声で聞かれてそれでも逃げ場がない。
「おく、や、な、なんか…た…くさん、触っ、て、あ、あ、っ!」
隙間なく埋められて凄く凄く奥の奥まで暴かれているようでたまらない、暴いたそこを丁寧に埋められている様でたまらない。そる様に力の入った自分の足先が視界をかすめる。首にまわして手首を掴んでいた手はとっくに外れてしまっていて、不安定さを怖がるくせに自分の顎の辺りで緩く拳になってふらふらしている。
「か、りょさ…っ、ああっも、」
やだ、ととっさに思ったのは、さっきの自分の思考をなぞっているだけだと分かるだけの余裕は、もう更古にはなかった。
「も、い、…から、っまだ…」
「もう、なんだよ…?」
「も、もう、だ、っても…っい、」
「――いくか…?」
低く甘くきつく訊かれて、背骨がそった。声もなく喘いだ更古はとっさに自分を掴んでいて、それでも止まらないようとに抉られて、目の前が白く溶けた。どろとしたものが自分の指の間を流れていく。
「……っ。」
油断するとまた啼きそうになる喉にぎゅうっと力を入れて、ついでに目もきつく閉じて、通り過ぎるのを待つ為に、痙攣するように上下する腹を押さえこもうと力を入れたら耳元で笑われる。
「耐えるだけ、無駄だろ。」
くすくすという笑いには満足が混じっていて、そのことに更古は少し安堵した。
 安堵したというのは、すなわち不安があったからだ。
 不安というか、違和感。
 つまり、
――今の、なに…
と自分でもちょっと思ってしまったのだ。
 でも何かなんて、だって、こればっかりはどう贔屓目に見ても幸陵の所為だ、と悔しくて息が上がったまま薄く眼を開ける。
「考えてみりゃ俺は煽るだけ煽られて放っておかれてるからな。」
そこに居た綺麗な顔が口角だけを軽く持ち上げて、更古の汚れてしまった手を取る。慌てて取り返そうとするけれど、体中が力が入らなくてくたくたしている。幸陵が肘からおろしてくれた足も、更古の意のままにはならずただ落ちるように脇に垂れた。
「そんな、こと、」
してるつもりは全然ない。
 と荒い息の下から言えばまた笑われる。
「…りょ…さま、それ、」
自分でなんとかします、と更古が手を取り返そうとすると、汚れたままの指の先を軽く舐められて、咎める言葉が出る前にぐらぐらと目が回った。
「きたなぃ、」
汚いのに、と思うのに、取り返す力が入らず困惑して額を胸に押しつける。
「苦手か?」
こういうのは、とからかうように問われて、困惑したまま必死で頷いたら、更古が顔を伏せている横で肩に引っかかったままだった服の裾で簡単にぬぐってくれて、それが自分の着ていたものだと知ってやっと更古は肩の力を抜いた。
 くたくたの身体が、触れさせていた額を起点にくにゃりと幸陵の方に倒れていく。傷つける気遣いがなくなったからしっかりとした手触りの肌に手を触れる。あんまり腕を持ち上げるのはおっくうで、背中の下の方で確かめるように指先を動かしていると髪を梳かれてすっかり安穏とした気持ちでいたのだけれど、
「お前まさか、これで終わると思うか?」
腰を支えて少し浮かせて、くるりと器用に幸陵は更古を椅子の上に組敷いた。
「え!?ふあっ…。」
中に居たままだった幸陵が少し身じろぎをする。まだ息が治まり切っていない更古は緩い刺激でも身体が勝手に収縮して、幸陵に絡めていた腕の、柔らかいところに歯を立てた。
「やっぱり懲りねえな。」
その顎を掴んで戻して、顎を掴んだその指をそのまま口に這わせる。
「噛むならこっちだろ。」
「ぇう…?」
どう言うことだと見返す癖に、唇をなぞられて僅かに忍んできたその指先に緩く舌を当ててくるのは、どこで覚えたやり方なのか、幸陵が仕込んだにしては上手く幸陵の欲を刺激する。
「……かりょ、さま?」
指にいじられながら拙く発音して、物慣れないような目をして、それがどれだけこういうときの武器になるのか知らないのだろうが、やはり熱で呆けているときの更古より、幸陵の思惑に、手管に上手く陥落させられていく今の更古の方が、抱き甲斐がある。
「抱き潰されんように、お前が止めてみろ。」
笑みを深くした幸陵は、熱く濡れたままの力を失っていた更古を追いたてることに気持ちを向けた。








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